科学的発見における人間の認知的・行動的限界
本シリーズの第一論考は、機械は発見できるかと問うた。その問いに答えるには、それに先立つ別の問いを正面から引き受けなければならない。すなわち、人間が主導する発見は、本当のところどれほどのものなのか。本稿は、現在の状況がどこで限界に達しているかを、人間の認知構造と社会構造という「構造」の問題として論じる。 1. 人間の発見が限界に達するところ 本シリーズの第一論考は、ある厳しい観察で締めくくられた。今日、生み出される知識の量は、どんな個人の知性も、どんな制度も追いつけないほど膨大になっている。また、人間の認知構造の限界、研究を行う社会的環境からの研究テーマの選択に関する影響などいろいろな問題が、人間による科学研究の限界の要因になっている。その帰結が構造的ミスアライメントである。これは個々の科学者の失敗ではなく、人間の発見というものが全体としてどう組織化されているかの不整合なのである。構造的ミスアライメントとは、人間の認知と行動の構造と、それが捉えようとしている自然の構造との、相互の食い違いを指す。一人の科学者が複雑な現実を丸ごと受け止めることはできない。その人が研究するものは、